石垣島ミニ移住どうだった③ 弟に安心し、自分の人生を生きねばと。

弟は私が思うよりも強く、明るく、たのもしかった。

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石垣島に行かなければと思ったのは、平日の昼間ずーっと独りぼっちの弟が、自分を責め、心を壊してしまうのではないかと思ったから。

けれど弟は、高校にいっていないという状況の中でも、マンガやアニメ、小説という自分が心から楽しめるものを見つけ、インターネットをある程度使えるようになり、そこからさまざまなことを学び、言葉を知り、自分の世界を広げていました

どんな暗い顔をしているかと思ったら、アニメを見て爆笑したり、私に向かってくだらないギャグを言ったり、どこで覚えたのというおもしろい比喩を口にして自慢げだったり、双子の兄ととっくみあってふざけたり・・・

それはコロコロと表情を変え、明るく豊かな顔をしていました。

ほんと、役者になったらいいんじゃないかと思うくらいです(笑)

私がこちらに来てから、ツイッターを教えると、共通の趣味の人たちのつぶやきを読んだり、メッセージを送りあったりして、楽しそうです。

また、私がこの小さな島でひとりでも行動できるように原付の免許を取らないかと伝えたら、以前は挫折したにもかかわらず今回は集中して勉強して、一発合格してくれました(最近原付の学科試験は厳しくて、弟が受けたときは5人中2人しか合格しなかったのだとか)。

それから我が家には、父と長男の弟へのプレゼントとしてオートバイがやってきて、父がくれたヘルメットをかぶって運転する弟はなかなか様になっているんです!^ ^

体調を崩したことで高校にいけなくなっていた弟が、私のいる間に原付の運転免許証という身分証明書を獲得し、母を頼らずともどこへでも行けるようになった、それはたいへんな進歩です。

私の思いをしっかりくみ取り行動してくれた弟に、逆に私が励まされたくらいなのです。

これからは、仕事で忙しい母の替わりに畑に野菜のめんどうを見に行ったり、食材の買物に出かけたり、自力で病院にいったり、心待ちにしていたマンガを買いに行ったり・・・どんどん自分で外に出て行ってくれるといいな。

弟は、私が心配するよりもずっと、明るくたくましく生きていたのでした。

心配は尽きないものですが、もっと弟を信じ、期待しようと思いました。

自分の人生を生きなければ。

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弟のことを思い、自分の人生を一時的に弟優先にする。

それって実はラクなことなんですね。

誰かのために生きるっていうのはとてもわかりやすい生き方です。何をするべきかある程度明白ですから。

そして自分が何らかの力になれれば、返ってくる喜びもとても大きいです。

弟が私の期待にこたえようとしてくれているのが分かって、私は石垣滞在中、ずっと幸福な気持ちでいました。

そう、弟のためという反面、弟が笑ってくれると自分が幸せだから、仕事をやめ、2ヶ月という期間石垣島に滞在するという行動をとるは、さほど大変なものではありませんでした。

大変なのは、自分の道を決めること。

自分自身の人生をどうするかということのほうが、ずっと決めがたく、悩ましいことです。

けれど弟のために過ごした2ヶ月は、大切なものだけれど自分自身のことを考えることを後回しにしてきました。

何度も言うようにそれはラクなことだったんです。

石垣島でのシンプルな暮らしを続ける中で、自分が次にどう進みたいのか、正直わからなくなってしまいました。

待遇のしっかりした職を手放したことで、これからは健康保険や税金が直接引かれていきます。

まずは集中して働いてお金をためていくべきなのか、プライベートにも余裕を持ち、仕事以外の活動に時間を割くべきなのか、そもそも仕事以外の部分で、自分がほんとに力を注ぎたいことは何なのか。

ひとつ分かったことは、あまりに自分は無知であるということ。

自分の知識がなさ過ぎて、いろんなニュースやブログ記事にもついていけません。

とにかく、どっちに進むにも、何に力を入れるにも、まずは勉強すべきかなと思っています。

知らなければ、自分が力を尽くせることも見つけられません。

もう、弟は私がいなくても母や双子の兄や、地域の人たちの助けで、ゆっくりでも前に歩いていける。

だから、私はちゃんと自分の人生を生きなければ。

そう心に決めて、今日、旭川に帰ります。