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絶望を教える先生、希望を教える先生

私はすでに教育大をドロップアウトした身なので、ある意味無責任で、「じゃあおまえが学校業界に入って体質を変えろよ」とか言われるとすみませんとしか言えないんですが、学校の先生や教育に携わる人に求めることのひとつに「多様な働き方があることを示せる存在でいてほしい」ということがあります。

お茶の水女子大の文学部はどう?』

尊敬する母校の現在の進路指導の先生とお話していて、進学校である母校で進路選択をせまられたとき、何もピンとこなかったことを思い出しました。

中学校から高校にかけて小説を書くことが好きで、それを担任に告げると「それならお茶の水女子大の文学部はどう?」とすすめられた時のことをはっきりと覚えています。

当時の私は、地元の小さな町しか知らず、物語が好きで、ただ物語を空想して言葉にするのが好きなだけでした。「お茶の水」がどんなところなのか、「文学部」が何をするところなのか、ひとつも思い描けるものはありませんでした。

今の私なら、「私が提案してほしいのはそんなことじゃない」と言えたでしょうか。

教師は教師以外の仕事や社会を知るべき

えらそうにすみません。

でも教師だけは、教師以外の仕事を経験して、教師ではない人はどんなふうに働いてお金を得ているのかとか、どんな人間関係の中で仕事をしているのか、なんてことを、ほんの一例としてでも語れる人であってほしいのです。

特にこれからの時代は、ますます教師が多様な働き方を認識している必要があると思います。教師が、「小説を書きたいなら文学部」とか「働くこと=会社に就職すること」なんて考え方では、多くの生徒が「社会に出て行く楽しみ」みたいなものを失う気がします。

会社に入るために大学に行くわけじゃありません。進学先や就職先が決まることがゴールでもありません(一部はそう思ってるかもしれませんが)。

どう生きていきたいか、どんな働き方をしたいか、どんな大人になりたいか。高校や大学や働くことは、それを描いて叶えていくための通過点なのです。それを意識して進路提案できるのが教師であってほしいのです。

教師には教師以外の仕事を知っていてほしいと書きましたが、教師ではない友人をたくさん持つ、でもかまいません。

一人の教師があらゆる仕事に通じるなんてことは不可能です。

毎月、あるいは半年に1回でも、毎回違う職業や勤務形態の人(今ならフリーターとか、主婦でありながら起業した人とかもいいですね)が学校で自分の人生の話をしてくれたら、当時とは全く違う大学選択をしていたかもしれません。もっと違う本を読んでいたかもしれません。もっと「働くこと・生活すること」をイメージできていたでしょう。

自分を伝える言葉を持たない時代に未来を「選ぶ」なんて不可能

お茶の水女子大」を提案されたのは高校に入ったばかり。試験や期末の評価などもまだで、ほとんど成績が明らかになっていないような時期ですから、私の実力に合わせて提案されたわけではないであろう「お茶の水女子大」。

進学校としてはそれなりのレベルの大学に進学する生徒を増やしたいでしょうし、まだ1年生だから、今のうちから高い目標を持って勉強に取り組んでほしいという思いもあったでしょう。

けれど「東京のどこかの文学部」をすすめてきた先生を私は「よく分からないことを言う先生」として認識してしまい、壁をつくってしまいました。

もっと質問したり、自分のことを伝えればよかったのかもしれませんが、当時の私には、何を聞けばいいかも、「自分」を伝える言葉も分かりませんでした。

思い出してみると、大学を休学するくらいまで、自分を伝える、説明するということが私はできなかったような気がします。

自分の心が何に動き、何に拒絶を示すのか。どんな未来を望んでいるのか。自分のことをほとんど分かってなかったのです。

自分のことを分かっていない状態で、何を提案されても、イエスなのかノーなのかとか、ちょっとは興味があるのかなんとなく嫌なのかとかも、答えられるはずもありませんでした。

でもそれは私に限った話ではなく、多くの高校生がそうではないでしょうか。

高校に入った時点で希望の進学先がはっきり決まっている生徒がいます。多いのが医者や公務員、教師でしょうか。

最初から目標を持ってがんばっていてすごいなあと当時羨ましくすら思ったものですが、今思うと、それはそれしか知らなかったからこそ定まっていた目標だったのではないかと考えてしまいます。

親に小さい頃からそのように思い込まされてきたとか、あるいは、「尊敬する先生がいて自分もあの先生にしてもらったように生徒を導きたい」とか。

前者はもちろん、後者も実は盲目的な思考回路で、生徒を導くのは「教師という仕事しかない」と思い込んでいるのです。でも「教師」になることではなく「生徒に道を示す」ことが夢ならば、「教師」以外にも方法はたくさんあるのです。

絶望ではなく、どこまでも希望だけを伝えられる教師

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(高校を出たら)「大学に入ること」、(大学を出たら)「就職すること」、それ以外論外。生きていけない。絶望だ。

多くの先生の未来の示し方は、言外にこう言っているようなものです。

そこからこぼれ落ちたらオシマイ。

無意識のうちに、未来への不安や恐怖感を植えつけているような気がします。

本当はそうじゃなくって、先生がそれ以外の道を知らず、伝えられないだけなのです。

世の中には家も仕事も持たず生き延びている人も、タダで世界一周したことのある人もいます。

最低限お金の形でおさめなければならないお金だけ稼いで、あとは生活に必要なものを全て作って生きている人もいます。

「こうでなければ終わりだ」しか言えない先生ではなく、

「こんな道もある。いろんな生き方がある。どんな道に転んでも大丈夫。なんとかなる」

と、自身の実感と経験を持って、生徒にそう伝えられる先生こそが、今必要なのです。

心の底から、腹の底から、ほんものの希望を教えてあげてください。