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農家の娘だけど本当は何も知らない

私の両親は当麻町で(私が当麻小に入学するころ)新規就農しました。20年ほど前のことです。
 
物心ついたころから両親は毎日外で畑仕事をして、とれた作物を配達したり、作物を加工して販売したりしていました。
 
幼いころから、我が家で使っている調味料はほぼ無添加で国産のものだと知っていたし、加工品も、例えば豆腐はここの、納豆はここの、と、決まっていました。
お米やお肉や卵は決まった知り合いの農家さんから。スーパーに並んでいるお菓子を食べたかったけど、おやつはいつも母が作ったげんこつドーナツとか、おやきとか、いももちとか。「チャーハンの素」があることを知ったのは大学生になってからでした。
 
自分の家はどうやら、同級生の家庭とは食べものに対する物差しが違うらしい。さらに、だいたいみんなが学校で購入する絵の具セットとか鍵盤ハーモニカとか買ってもらえなくて、母のお手製絵の具セットだったり、誰かのお古だったりして、どうやらうちは貧乏らしいと、子ども心に思っていました(今思えばあの絵の具セットの、手作りの手提げかばん、大人な色合いのサクランボの柄の生地で作られていて、とてもすてきだったな)。
 
貧乏でも、両親が汗をかいて畑で働く姿は誇らしげで、自分の信念に従って堂々と生きていることがよく伝わってきて、有機農業とか、自然農法とか、あるいは添加物とか遺伝子組み換えとか放射性物質が体に与える影響を理解して、食費が他の家庭よりずっと高くてもきちんと避けていることとかを、自慢できること、エライことなんだと思っていたのです。
 
私はずっと、そんな親の元に育ち、「体に悪いもの」を食べないようにしてきたことに「誇らしげ」でした。
スーパーでレジに並べば、自分の前の人のカゴには、できあいの惣菜や添加物たっぷりの加工食品や袋菓子がどっさり…「みんなそんなものばっかり食べて…」と内心思って、優越感に浸ってすらいたのです。
 
でも本当は、食品添加物や、遺伝子組み換え食品や、農薬を使った作物をなぜ私達に食べさせなかったのか、例えば1本(1ℓ)1000円もするような調味料を日常的に選ぶのか、なぜ両親が、収入に見合わない膨大な手間をかけてまで有機農業や自然農法に取り組むのか、ちっとも分かっていなかったのです。
 
両親が貫いてきた暮らしの本当の意味を分かっていなかったから、大学生になって一人暮らしを始めたとたん、今まで口にすることのなかった様々な添加物まみれの加工食品に手を出したし、外食も増えたし、明らかに体調を崩しやすくなったことがわかっても、便利でお手軽な生活にどんどん慣れていきました。
 
けれど、福島原発事故が起こって、放射能による広範囲にわたる食品と土壌汚染が始まり、それによって家族の生命が危険にさらされ、母と弟が南の島へ旅立ち……そして、6人家族でただひとり畑に残った父が、娘の私でも想像しきれないほどの痛みを抱えながらも今も変わらず、黙々と、信じるもの、愛するもののために、楽しみながら前向きに作物を作り続ける姿を見て……
 
……やっと今、私は心の底から素直に、両親が真摯に私たちに伝え続けてきたこと、守り続けてきたことに、向き合おうとしているのです。
 
今までもそうしてきたつもりだった。でもそれはただの受け売り、まねをしていただけで、実感や本質の理解が伴っていなかったのです。
 
今やっと、両親への義務感とか、プレッシャーからではなく、自分の意志で、私の、農業や命というものの、学びがはじまります。
 
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20数年前に発行された、我が家の通信も、ご興味があればぜひご覧ください。
 

道草閑談第1号 -弟が生まれた満月の夜と、ほぼ私と同い年の両親の若さ-http://asahana27.blog.fc2.com/blog-entry-96.html

 
 
以下、ここ数日で読んだ本です。数年前と違い、すっと入ってきます。