アイデンティティ 映画「LION 25年目のただいま」を観て

スポンサーリンク


 

記事タイトルにある「LION 25年目のただいま」は、5歳でインドで迷子になった少年サルーが大人になり、Google Earthを頼りに故郷と生き別れた家族を探し出す…という物語。

 

サルーの記憶にあるインドの小さな村での暮らしは貧しかったが、迷子になったのち幸運にも引き取ってくれたオーストラリアの家族のもとでの暮らしは何不自由なく、里親には限りない愛情を注いでもらってきた。けれど今も母親と兄が悲痛な思いで自分を探しているのだという感覚が、サルーにとって、「今ここ」に生きているのだという実感をもたらしてはくれない…。大学に進学し、様々な国籍の同級生に自分の出自を尋ねられ戸惑うサルーが、私にはそのように映った。

 

自分の根幹が定まらず、はっきりしない――そういう感覚が、かすかにでも胸の内にある時、何を選んでも、どこにいても、誰と笑っていても、心は虚ろで、今を生きている実感がわかないのではないかと思う。

 

私はなぜだろう、いつも、つかんだ!と思ったものは実は弱く、もろく、わずかな時間で手の中から抜け落ちていった。きっと、つかんだものを、強くする努力が、私にも必要だったのだろう。けれど私の弱さが、勇気のなさが、いつもいつも、「やっぱり違う」と思わせてきた。つかんだと思ったものを右手に、堂々と戦い抜くことが、いつもできなかった。そうしてとうとう、ここまできてしまった。

 

私は来年の今頃は、ここにはいないかもしれない。