絶望の中からしか見えない光
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私は今、数カ月前、いや、数日前には考えもしなかったであろう道へ進む選択をしようとしている。
ずっとずっと、死にたい、消えたいと思うほどの「抜け出せない」感覚が続いていて、それは年が明けてからいっそう濃く、打ち消しがたいものになっていた。私は、本当にいつ死んでもいいと思っているけれど、この「抜け出せなさ」から抜け出すには、どんどん沈んでいく自分の心を何とか救い出さなければいけない、と、自己防衛のようなものが勝手に働いていたような気がする。たぶん、本当に消えてしまうか、それともこの人生を続けるならどうやって続けるのか、そんなふうに無意識のうちに考えていた。
ほどほど天気のいい日、東神楽を自分の車で牛乳配達していた時だった。
そうだ、石垣島で暮らそう、石垣島の母と弟と暮らそう、と思い立った。
今まで、何度もそうしたいと思ってきたはずなのに、まるで初めて思い付いたかのように新鮮な感覚だった。そして、石垣島の家で暮らしている自分を想像したとたん、初めて心がふっと軽くなったのだ。
私はギリギリのところで救われたような気持ちを感じながら、一方でこれは究極の逃げかもしれないことも頭の隅っこで冷静に理解していた。
さらにもう少し考えた。石垣島で家族と暮らすだけでなく、北海道での畑仕事と両立するにはどうしたらいいか。
あれ?そういえばそもそも、私は石垣島と北海道の二重生活をしたいんじゃなかったっけ!(ラインのステータスメッセージにも書いてるんだった!すっかり忘れてたよ!)
人間はストレスのある生活を送っていると、毎日を淡々と繰り返すことの方が楽になって(考えなくなって)、しんどい生活さえも続けてしまうそうな。
私も半分そのような状況に陥りかけていたのかもしれないね。いつか実現したいと思っていたことすら忘れてしまっていた。
私は脳内で、夏は北海道、冬は石垣島で暮らすにはどうすればいいか、超具体的に、超高速で考え始めていた。
そんな中で、以下のようなキーワードがぽこぽこと浮かび上がっていた
・半年働いて、半年は畑仕事をする
・観光業・リゾバ~英語の勉強
・英語~海外(旅行というより、生活の場の候補として)
・自由な移動~身軽になる
・固定費を大幅に削減する
私の将来の可能性の中に、「海外」というワードが浮かんだのは初めてのことだった。今まで、なぜかあまり海外に興味を持って来なかった。けれど、場所をひとつ決めてそこにどっしりと根を張って暮らしていく、というイメージがもう持てなくなった私にとって、国内外問わず、「移動しやすい状況」をつくることは、とてもリアリティがあって、私にとって納得感を持てるものなんじゃないか。
まだ具体的なところまで決まっていないのでここではキーワードを上げるに留めておくが、とにかく最近まで一切候補に挙がっていなかったような選択肢が浮かび上がり、この1年未来のことを何にも描くことのできなかったカサカサに乾いた私の想像力が、急に大きく活動し始めたのだった。
絶望がなくなったわけではない。それは変わらず私とともにあるし、自分が悲劇の主人公ぶっていることもわかっている。
けれど…沈むとこまで沈んでみないと見えない光があるのだということを私は知った。消えたいと思うほど生きることに失望した後には、それまでの自分には想像することすらできなかった可能性を手にできるのだということも。