一般化をするところから、真実は見えなくなっていく―― 小手鞠るい『アップルソング』より

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小手鞠るいの『アップルソング』という作品をご存じだろうか。

 

アップルソング

アップルソング

 

 

自身を、炎の中から生まれたと称する戦争写真家の鳥飼茉莉江が、第2次世界大戦から9・11までの日本やアメリカやチェチェンなどを舞台に激動の人生を送っていくその軌跡の物語。

アメリカ在住の小手鞠氏は、長らく若い女性向けの切ない恋物語を出版することが多かったが、最近では『星ちりばめたる旗』『炎の来歴』など、日本を含む外国とアメリカとの戦争を作品の題材に選んでいる。

 

この物語は、もちろんフィクションだろうけども、終戦前後の日本人には、起きた出来事は違っても、同じような激動の人生を送った人はたくさんいたのだろう。為政者の時代時代の判断が今では考えられないレベルで一般人の人生を激しく揺さぶった時代。

主人公の茉莉江は赤ん坊のころ空襲で燃えた家のがれきの中から助け出され、血のつながらない家族のもとで養われ、突然迎えに来た実の母の新しい夫の住むアメリカに行くも母親は自殺をし、ひとりニューヨークに向かう列車の中でスリに遭い裸一貫で暮らし始め、カメラと出会い恋と出会い、自分が本当に撮るべきものを見つけていく。その物語を、ある奇跡的な接点で結びついた登場人物「美和子」が語っていく。

 

茉莉江の子ども時代にも近しい、激動の時代が、ゆっくりと忍び寄ってくるのを感じる。作中の茉莉江の想いは私の想いとも重なる部分もあり、私が彼女と同じ出来事にあったなら、どうするだろう…そんなことを考えながら読んだ。

 

最後の最後に、最も心に残った言葉がある。「美和子」に「茉莉江」のことを教える写真屋の店主の言葉。長いが、引用する。

 

「この世の中で起こっているすべての物事を正しく理解するために、してはいけないことがある。それは、一般化だ。常に意識して、意図的に、覚醒した頭の中で、具体的な考えや具体的な表現を心がけ、物事の一般化を避けなくては、物事は理解できない。すべての出来事を個々のものとして、人間ひとりひとりにひとつひとつ、個性的な人格と魂が宿っているのと同じで、物事にもひとつひとつ、個別の事情があり、歴史があり、存在と成立の理由がある。それらを一般化するところから、真実は見えなくなっていく。美化はいけない。美化はもっといけない。美化は危険だ」

 

私は、そうか、と思った。震災後、両親や祖父母の姿を見ながら、言葉を聞きながら考え続けていること。それはこれだったんだと思った。

世界は、歴史は、複雑になりすぎてそうそう理解できそうにないけれど、理解したつもり、分かったつもりになって、訳知り顔でいることで世界をとらえ間違うことの方が、分かろうとして分からないことよりも、ずっと危険なんだ。

具体的な言葉で、はっきりとした意識で、世界を理解しようとし続けなくてはいけない。人間というものを理解しようとし続けなくてはいけない。例え複雑すぎて難しすぎて分からなくても、自分頭で分かるまで、生きている限り、ずっと。