ひとりである と知る

 いまさらながら映画『東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~』を見た。

 あの映画を見るときっと、親が死ぬときのことを、否が応でも考える。

 自分の価値観や、軸みたいなものを築いた人間が、この世からいなくなる。たとえ兄弟がいても、どこか、ひとりぼっちになったような気分になるんじゃないかって、想像しきれない頭で想像してみたりする。ちょうど、『キッチン』(吉本ばなな著)のみかげちゃんのような気持ち。ひとりぼっちになったようで、悲しく、寂しいけれど、心が静かで、手放しで「自由なんだよ」と言われたような気持ち。何も持たず、宇宙に放り出されたような気持ち。

 

 よくよく考えてみれば、親が存命であろうがなかろうが、人はひとりなんだった、と思い出す。すっかり忘れていた。何かが忘れさせてくれていたのか。

 

 何かが、誰かがいなくては生きられない、なんてことはなくって、誰かに寄りかかって生きているつもりでも、誰かに寄りかかられて生きていても、どう目をつむろうとしたって人はひとりなんだ。苦しみも、喜びも、100%わかってくれる人などいない。

 

 元気でも、病んでいても、ひとり。

 お腹がへっても、食欲がなくても、ひとり。

 一人でいても、誰かといても、ひとり。

 憎んでも、愛しても、ひとり。

 

 でも、だから、「自由なんだよ」

 

 どこへでも行ける

 生きてもいい。死んでもいい。

 あなたはたった一人の人、いつでもただのひとりの人。

 

 ただのひとつの孤独な魂が、選んだ道をとぼとぼ歩いているだけさ

はじまりで終わりの今日

おせっかいなGoogle Photoが去年の今日何をしていたのかを鮮明によみがえらせてくれる。

 

でもそんなことしてくれなくたって忘れようがない思い出っていうのはある。

 

1週間以上前から、ラジオでは札幌雪まつり旭川冬まつりの情報が飛び交っていた。

 

でもそんなことしてくれなくたって忘れようがない思い出っていうのはある。

 

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今年のこの日は、去年と違って、最高気温がプラスに達したりして、あの日のような爽やかな寒さはないんだ。今年のお笑い芸人は「旭川の人口って何人か知ってる?」「35万」「うそ34万」って言いかねない芸人さんだよ。でも今年はずっと仕事で一度も冬まつりには行っていないよ。明日は最終日だけど、どうやら吹雪きそうだよ。

 

あの日から1年、私たちは別々の場所で生き切ったよね。

2月の青森は、思ったより、寒かったよ。

完璧じゃないけど、苦しいながら精一杯やってみたよね。

だから、もう、いいよ

ありがとう

 

 

時は流れていつかまた出会うまで
「さようなら」
君の行く道に僕が居なくても
「ああ忘れないよ」
月日が流れて何もかもすべて赦したいよ
忘れていいよ僕のことは大丈夫だから

真実に目を塞いだ
未完成な僕ら 勇者たち
"こんな時代に取り残された"
君は笑って
僕は泣いていた

この状況を嘆くよりも先に
やるべきことがあった
ここぞという時に楽な道を探す
怠け者だった
生まれ変わるなら
もっといい人生を送りたいな
不器用なままでは
世間は冷たい

時は流れていつかまた出会うまで
「さようなら」
君の行く道に僕が居なくても
「ああ忘れないよ」
月日が流れて何もかもすべて赦したいよ
忘れていいよ僕のことは大丈夫だから

I need to know me yeah yeah
If you don't need somebody ok
よかったらまた思い出して
ここに僕がいることを

そんな風に優しくしたら
きっと僕はまた君に甘えてしまうよ
君はすごく遠い街に行ったみたいだね
「綺麗になった」って母さんが言ってたよ

世の中いい人も悪い人も
見分けつかなくなった
競い合うことに疲れ評価も恐れて
逃げたくなった
僕が持ってないもの君は持ってたから
惹かれたのかな
追いつけないことなんてわかってたのに

哀しみが過ぎて いつの間に忘れ
無感覚で
君が去って 僕は痛み感じて
その方がマシさ
いつかの夢に見た勇敢な人になりたいよ
笑っていてよ 微笑む先が 僕じゃなくても

I wanna change myself yeah yeah
I found my reason to live yeah yeah
忘れた頃に君の近くで
僕が僕らしくいれたら

同じ時代に生まれ
同じ痛みを感じ
同じ運命背負い
理由を探してる
知るほどにただ虚しいだけ
何もできやしない愚か者

いつかはいつかは
また君の胸で泣きたいよ
果てない空
どこまでもゆけるような気がしてた
走って走って
君の姿 だけを探したよ
懐かしいな あの日見てた
君のままだった

時は流れていつかまた出会うまで
「さようなら」
君の行く道に僕が居なくても
「ああ忘れないよ」
月日が流れても何もかもすべて赦したいよ
忘れていいよ僕のことは ありがとう

I need to know me yeah yeah
If you don't need somebody ok
よかったらまた思い出して
ここに僕がいることを

goodbye goodbye goodbye...

 

         ー『勇者たち』 by 加藤ミリヤ

世界を見たい、人間を知りたい

こんなツイートをした。

私は「未来に備えなきゃ」と思いすぎて、未来を全く気にかけないとしたらどうしたいかを考えることがヘタになっていた。

 

「正義」は、当たり前のごとく正しすぎて、それ以外の答えは許されないような息苦しさを感じるけれど、個々の人間にとって、大事なことがそれぞれ異なるのは当然のことだ。

 

私は世界に生きている、あらゆる人種の人、あらゆる職種の人、あらゆる「過去」を持つ人々が、何を思って人生の選択をしているのか、何が最も大事なことなのか、そんなことが知りたいと思った。つまり、いろんな人間のことが知りたい。

 

それと同時に世界の街や、日々の暮らしをする人々の姿を見てみたい、と初めて思った(今まで、海外にはぜんぜん興味なかった)。

 

私は多分、できるだけたくさんの人を許したいんだと思う。「こうじゃないきゃいけない」「人間はこれを大切にすべきだ」という私の狭い価値観を壊したい。私は恥ずかしいことに、ずっと、「同世代の友人たちより多くを知りすぎた(知りすぎて希望が持てない)」、と思っていたけれど、そういう部分もあるけれども、本当はとても狭い世界で生きてきたから、出口か、あるいは希望へつながるドアを、見失っていたのだ。

 

いつ人生が終わっても構わない。この思いはここ1年ずっと、変わらない。死ぬ前に成し遂げたいことなどない。たぶん海外に行きたいと思わなかったのは、怖かったからというのもあったと思うんだけど、今は、世界のどこかで誰にも知られずに野垂れ死んだとしても構わない。恐怖心が減ったからこそ、自分の小さな世界を飛び出さなければと思えたんだろうな。

 

でもほんとは、死ぬのが怖くてたまらないほど生きたいと思える方が、幸せなのかもしれないけど。

貯める?手放す? "未来"への備え方

 大規模災害の発生や、北朝鮮の脅威などが騒がれると、何となく色んなものを集めて保管しておいた方がいいような気がしてくる。防災グッズしかり、食糧しかり、お金しかり。あればあるだけ安心(でも3日分?1週間分?1ヶ月分?いくらあっても完璧な安心はない)。

 

我が家にも、常にお米や調味料や保存のきく野菜や、ソーラーパネルやら蓄電器やら高性能マスクやらがある。車に入っている分以外のガソリンや薪などの燃料もある。

 

「何が起こるかわからない未来に備える」を前提として(全く備えないというのもアリなはずだ)、その備え方は、つい食料や燃料やグッズの備蓄にばかり目が向きがちだが(自治体単位などでは、もっともだと思うが)、「収入を最小限に、時間を最大限に暮らしたい」と思うようになってからは、「手放す」備えもあるのではないかと考えるようになった。

 

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ことの次第によっては、住み慣れた家、土地、地域を離れなければならないようなこともありうる。それが災害であり、テロや戦争でもある。でも、強制的に離れざるを得ない場合は、誤解を恐れずに言えば、まだいい。逃げても逃げなくてもご自由に、でも誰も責任は負えませんよ、みたいな事態になった時(覚えがあるよね?)、所有する不動産や、備蓄にかけてきたコストが高ければ高いほど、その判断(逃げるか逃げないか)は鈍る気がする。多くの場合、ため込んだ様々なものをすべて持ち出せはしないだろう(書きながら、眉村卓の「飢餓列島」を思い出している)。

 

それに、大げさに言えば備えすぎて家の中が防災グッズだらけになるような暮らしでは、何のために生きているのか分からない。来るかわからない「いつか」に気を取られては、いったいどこへ向かえばいいのかもわからない。

 

そんなジレンマをずっと抱えていたが、最近私の心を占めるようになった「収入を最小限に、時間を最大限に」はここ数年ブームになった「ミニマリズム」の考え方と結びつき、余計なものをそぎ落とし、身軽になることが、未来への一つの備えになるのではないかと思うようになった。

 

私が考える「余計なもの」とは、「お片づけブーム」や「断捨離ブーム」に象徴される「モノ」だけではなく、収入や仕事やマイホームや人間関係や、それらに対するあらゆる「執着」なんかが含まれる。

 

身軽でいることはひとつの「備え」だと思う。武器であると思う。所有するものが少ないこと、縛るものが少ないこと、つまりいつでもその場を飛び立てること、頑固にならずに、必要に応じていつでも方向性を、考えを変えられること。

 

こう考えると、「未来への備え」とはもはや、大規模な不測の事態への備えだけではなく、もっと「個人的な事情や、気持ち・価値観の変化」への備えとも言えるような気がしてきた。人間関係も、自分の気持ちも、社会情勢と同じように当然ずっと同じとは限らないわけで。

 

今までのやり方をなぞっていてはすんなりいかなくなってきたとき、思い切って方向転換を図ってみる、「心の身軽さ」があれば、「生活の身軽さ」も自然と手に入れられるのではないだろうか。

 

ちょっと横道に逸れた感も否めないが、"未来"への備えについて、今私はこのように考えている。あなたはどうする?

 

*最近の読書*

  

映画「ムーンライト」を見て~過去とは断ち切れない地続きの「現在」

 

「ムーンライト」は、第89回アカデミー賞で8部門にノミネートされ、作品賞などを受賞したことでも昨年もっとも話題になった映画のひとつだ。

 

上映時は全く知らなかったが、アカデミー賞受賞のニュースと、ツタヤに大きく張り出された、青い光に照らされた黒人の顔(ちなみに原案が「In Moonlight Black Boys Look Blue」というらしい)が印象的なポスターを見て気になっていたものを、やっと今日見終えた。

 

本作は、小学生?時代、高校時代、そして大人になってからの、3つの章に分かれている。貧しく治安の悪い街で、麻薬に溺れる母親のもとで育った気の弱いシャロンが、いじめや親友の裏切りを通して、分厚い鎧をまとった大人へと成長するものの、親友との再会を通して、自分のアイデンティティを見つめなおす…そんなストーリーだ。

 

子ども時代に忘れたくなるような経験をした人が大人になった時、過去をどう解釈しなおすのか、どう折り合いをつけて、大人として平気なフリで社会生活を営んでいくのか…ムーンライトで描かれたシャロンの孤独や苦しみ、そしてそれを忘れたくても背負って生きざるを得ない姿が、シャロンほどのつらい経験をしていなかったとしても、大人になった私たちにその普遍的なテーマを静かに突きつけてくる。

 

子ども時代、学生時代を経て大人になった私たちは誰もが、過去とは断ち切ることのできない地続きの「現在」を生きている。そしてその「過去」である子ども時代は、自分ではどうにもならなかった環境で生きていたはずだ。大人になってからの人生すらままならないのに、変えることも選ぶこともできなかった子ども時代のこと、育ってきた環境のことを背負いながら生きていると、時々「まっさらな状態からやり直せたら」と思う。「子ども時代に経験したことや両親に教えられたことを白く塗りつぶして、何にも影響されていないゼロの状態から始められたなら、今の自分は堂々と、一体何を選ぶのだろう。

 

でもそうはいかない。生きている以上、今はどうしたって過去から地続きだ。都合の悪いことは都合よく忘れられればいいけど、どうやらそうはいかない。

映画は、シャロンが親友のケヴィンと再会して、寄り添いあうシーンで終わる。弱い自分を克服するために体を鍛え、薬の売人になったシャロンが、臆病だったころのシャロンを知るケヴィンと再会したことで、どんな未来を歩んでいくのか…そんなことが気になると同時に、過去を断ち切れない自分が、これからどんな選択をしていくのか…そんなことを思わずにはいられない映画だった。

自分に合う生活のリズムを探している

 

私はいつも、「自分がやりたいこと」がわからない。そこそこに好きなことはたくさんあるけれど、全身全霊をかけて熱中・集中できるほどのものが、未だ見つからない気がしている(必ずしも見つけなければいけないわけでは、もちろんない)。

 

ただ、ひとつ分かったことがあって、それは私は社会人になってから(大学を中退してから)ずっと、自分に合う生活のリズムを探しているということです。

 

生活のリズムとは、まさに1日の時間、または1ヶ月、1年の時間を切り分けて、何にどう使うか、ということです。その「生活」には、プライベートな時間だけではなく仕事の時間も含まれます。

 

私は、転職や、引っ越しなどをきっかけに、1年ごとくらいに生活のリズムが変わることが多いのですが、ことに今年は、今までとは全く違う生活を作ろうとしていています(それは決して意図的に、というか、生活のリズムを変えることが主題だったのではなく、結果的にそうなったのですが。下記記事参照)。 

多くの人がそうだと思うのですが、私も社会人になってからこれまで、基本的には、生活費を得るための仕事が中心にあって、それ以外の時間を、家事や趣味や副業に使うというパターンでした(ただ、牛乳配達を始めてからは、配達が昼過ぎに終わるので、それ以外の時間の使い方の自由度は高くなりました)。

 

今回はこれまでとはかなり異なります。今までである意味いちばん「ワガママ」な生活リズム。「家と畑での生活」と「石垣島で暮らしたい」を中心に描いた生活リズムを実行しようとしています。

 

もちろん、これで経済的な意味で生活していけるのか、またこのリズムが自分に馴染むものなのか(ストレスが増えはしないか)も、やってみないと分からないので、場合によっては1年後、新たな「生活リズム」の暮らしを始めているかもしれません。

 

仕事を人生の中心に置いている人や、今の働き方に満足している人はいいと思うのですが、もし今の生活にストレスを感じている人は、自分の望む生活リズムを考えてみてもいいのかもしれません…^ ^

 

ちなみに私が妙に納得した、鳥井弘文さんのブログ記事も貼っておきます。

 

絶望の中からしか見えない光

 

私は今、数カ月前、いや、数日前には考えもしなかったであろう道へ進む選択をしようとしている。

 

ずっとずっと、死にたい、消えたいと思うほどの「抜け出せない」感覚が続いていて、それは年が明けてからいっそう濃く、打ち消しがたいものになっていた。私は、本当にいつ死んでもいいと思っているけれど、この「抜け出せなさ」から抜け出すには、どんどん沈んでいく自分の心を何とか救い出さなければいけない、と、自己防衛のようなものが勝手に働いていたような気がする。たぶん、本当に消えてしまうか、それともこの人生を続けるならどうやって続けるのか、そんなふうに無意識のうちに考えていた。

 

ほどほど天気のいい日、東神楽を自分の車で牛乳配達していた時だった。

そうだ、石垣島で暮らそう、石垣島の母と弟と暮らそう、と思い立った。

 

今まで、何度もそうしたいと思ってきたはずなのに、まるで初めて思い付いたかのように新鮮な感覚だった。そして、石垣島の家で暮らしている自分を想像したとたん、初めて心がふっと軽くなったのだ。

 

私はギリギリのところで救われたような気持ちを感じながら、一方でこれは究極の逃げかもしれないことも頭の隅っこで冷静に理解していた。

 

さらにもう少し考えた。石垣島で家族と暮らすだけでなく、北海道での畑仕事と両立するにはどうしたらいいか。

あれ?そういえばそもそも、私は石垣島と北海道の二重生活をしたいんじゃなかったっけ!(ラインのステータスメッセージにも書いてるんだった!すっかり忘れてたよ!)

 

人間はストレスのある生活を送っていると、毎日を淡々と繰り返すことの方が楽になって(考えなくなって)、しんどい生活さえも続けてしまうそうな。

 

私も半分そのような状況に陥りかけていたのかもしれないね。いつか実現したいと思っていたことすら忘れてしまっていた。

 

私は脳内で、夏は北海道、冬は石垣島で暮らすにはどうすればいいか、超具体的に、超高速で考え始めていた。

そんな中で、以下のようなキーワードがぽこぽこと浮かび上がっていた

 

・半年働いて、半年は畑仕事をする

・観光業・リゾバ~英語の勉強

・英語~海外(旅行というより、生活の場の候補として)

・自由な移動~身軽になる

・固定費を大幅に削減する

 

私の将来の可能性の中に、「海外」というワードが浮かんだのは初めてのことだった。今まで、なぜかあまり海外に興味を持って来なかった。けれど、場所をひとつ決めてそこにどっしりと根を張って暮らしていく、というイメージがもう持てなくなった私にとって、国内外問わず、「移動しやすい状況」をつくることは、とてもリアリティがあって、私にとって納得感を持てるものなんじゃないか。

 

まだ具体的なところまで決まっていないのでここではキーワードを上げるに留めておくが、とにかく最近まで一切候補に挙がっていなかったような選択肢が浮かび上がり、この1年未来のことを何にも描くことのできなかったカサカサに乾いた私の想像力が、急に大きく活動し始めたのだった。

 

絶望がなくなったわけではない。それは変わらず私とともにあるし、自分が悲劇の主人公ぶっていることもわかっている。

 

けれど…沈むとこまで沈んでみないと見えない光があるのだということを私は知った。消えたいと思うほど生きることに失望した後には、それまでの自分には想像することすらできなかった可能性を手にできるのだということも。

 

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